「あの、波頭がきらっと光る感じの幸福と、焼けていくパンのにおいがみちていく感じの幸福ってちがうじゃない?」

思考言語と対外言語の間に大きな隔たりがあることを痛感する日常。
それが思考言語を対外用にうまく翻訳できた結果であるならいいんだけど、私の場合単にものぐさで大雑把なだけだからいけない。

+αへたに下町で幼少期を過ごしたからかな。
何かもごもごと詩的にうだうだ話されたり話すことに対して「けっ、かったりぃんだよ」と思ってしまうのも正直ある。笑